016.12.18 12:00
予想以上に長居してしまった
「岩科学校」を後にし、
伊豆半島を更に南下。
次へ向かったのは…
山道でクネクネとした
カーブが続きますが、
136号線沿いを走っていると
見えるこの看板!!
『室岩洞(むろいわどう)』
へやってきました(^O^)/
道路を挟んだ向かいに
数台は可能な駐車スペースあり。
あまり使用する気になれない
トイレも一応ありました(笑)
看板横からは…
下り階段があります。
その先に…
(@_@;)!!
ホントに洞窟があった!!
中へ入って行くと…
うす暗い洞窟内の所々に
数体の像があります。
伊豆半島は、
2000~200万年前の
長い海底火山時代があり、
その後、
伊豆全体が隆起して
地上へ姿を現した…という。
その後も
何十万年という年月の中で
浸食を繰り返し
現在の半島の姿になった…。
海底に降った火山灰や軽石は
縞模様を残したまま時を経て
凝灰石になった。
このようにしてできた石は
やわらかいので加工しやすく、
また耐久性に優れてており
城の築城の際、
石垣として重宝されたのだそうだ。
江戸城の石垣の他、
土蔵や倉庫、かまど、長州風呂など
広く使用されたという。
『室岩洞』
ここは…採石場だった場所。
江戸時代~昭和29年頃まで
実際に稼働していたとのこと。
中腰になって屈まないと
通れないような場所もある。
少ない照明の光が
低い天井に当たると
水滴がキラキラ反射していた…
透きとおった水が溜まる…
ここで採石した石は
「伊豆石」と呼ばれ、
石材の無かった江戸まで
舟で運ばれた。
江戸城の石垣は
「瀬戸内海産の石」、
「三重県尾鷲産の石」、
そして
この「伊豆半島産の伊豆石」。
日本史上最大の城郭が
遠い場所で採石された石で
支えられていたんだな…(@_@;)
この採石場跡は、
江戸城を支えた石垣たちの
ふるさと…なんだね(*^。^*)
洞窟内の良く見ると…
人工的に掘られた痕が
模様のように残されている。
何だろう…
ロマンを感じるなぁ(^v^)
☆ 海亀好きの航路より ☆