ティダぬファ~『WATARU』

毎日が旅だったらいいのに…

「えらぶの世之主加那志」

2019.8.29    15:00

 

 

既に夕方にさしかかろう頃だが、

南の島の昼は長いのです。

 

今回レンタルしたバイクは

レッツ(50cc)黒

とてもキレイなバイクで

きちんと整備されているのが解る。

 

久々のバイクなので、

低速でスタート!

 

島中央部に位置する史跡へ向かう。

 

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『ウファ (世之主の墓)』

 

 

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元々はもっと草木が生い茂り

緑に包まれた外観だったようだが、

現在は保全・修復なのかな?

 

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(HPより)

少し前までは

こんな感じだったようだ。

 

 

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この墓は

琉球石灰岩の岩盤に横穴を掘り込み、

遺骨を納める部屋を設け

前方には削り出された岩肌と石積みをめぐらし

庭が築かれている。

 

奄美・沖縄地域ではこのような墓を

「掘込墓(ほりこみぼ)」という種類とされ、

沖永良部島ではこのような墓を

「トゥール」「トゥールバカ」と呼ぶそうだ。

 

この墓は奄美群島随一の規模を誇り、

庭を2つ持つ特徴は

沖縄では世界遺産に登録された

「玉陵(たまうどぅん)」や

浦添ようどれ」などの

琉球王国の王族の墓と同じ。

 

 

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(HPより)

 

墓室内中央には3つ…

世之主、奥方、子の厨子甕、

その四隅には

家臣の四天王のものと思われる遺骨が

納められているという。

 

 

そもそも…

世之主って何??ってなことで、

旅から帰るなり勉強をしてみた。

 

 

…時は大昔に遡り、

ヤマトの国は室町時代の前期の頃のこと…

 

現在の沖縄県がまだ

琉球王国として統一される前の

三山時代」と呼ばれる時代。

 

当時の沖縄は

「北山」「中山」「南山」という

三王がそれぞれ割拠し、戦をしていた…

 

現在世界遺産となっている

今帰仁城跡(なきじんグスク)」は

当時の「北山」の王の居城だった。

そして、

現在は鹿児島県の領土となっているが

今から600年ほど前は

与論島沖永良部島琉球の領土であり、

北山王国支配下に置かれていたそうだ。

 

この北山王国の王様だった

怕尼芝(はにじ)王」には…

 

後の2代目北山王となった

「珉(みん)王」が長男、

 

そして…

異母兄弟である歳の離れた

「真松千代(ままちぢよ)」という

次男がいた。

 

この次男の真松千代は

沖永良部島で育ち、

父の北山王に気に入られ、

初めて沖永良部島の島主となった人。

 

「世之主」とは…

元々は琉球

地域を納めていた豪族に対する呼び名で、

後には琉球国王の名称となった。

 

当時の人たちは

村や島を納め、地域の発展や

住民の生活を守っている豪族に対して

尊敬の念を込めて呼んだそうだ。

 

時が過ぎ…

三山時代の戦は激しさを増すばかり。

そして、

三代目北山王の

攀安知(はんあんち)王」も滅ぼされた…。

 

 

沖永良部島の世之主の奥方は

中山王の姫だったという。

 

中山王は沖永良部島

和睦の船を差し向けたが、

浜で見張りをしていた家来が

攻撃にやって来た船だと誤り合図をしてしまった…

 

世之主自身も

自分は滅ぼされた北山王の次男であるから

中山王が軍船で攻撃にきても仕方がない…と

考え違いをしてしまう。

 

小さな島が大国に勝てない…と判断し、

妻子ともども自害をしてしまった。

 

島を守るために

38歳という若さで

戦わずして自害した…

 

というお話ですな(-_-;)

 

 

なるほど…

沖永良部島与論島

大昔は琉球北山王国)の領土だったのか。

 

だから

奄美文化よりも沖縄文化のほうが

色濃く残っていると云われているんだな。

 

琉球史に興味を持ち、

三山時代のことも

少しは知ってたつもりだが…

 

怕尼芝王の次男が

沖永良部島の島主だったとは

勉強になりました!!!

 

…ということは、

沖永良部島の世之主は

一代で無くなったってことなのかな??

 

歴史を溯って

色んなことが繋がると

ホントに面白くなるなぁ~(*^。^*)

 

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(HPより)

 

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(HPより)

 

近くには

「世之主神社」もありました。

 

ちょっとした高台なので、

眺めが良かった。

 

3年前の2016年は

世之主の没後600年だったそうで、

島をあげて祭事を執り行ったのでしょうね。

 

「えらぶの世之主加那志」は、

沖永良部島の島民によって

これからもずっと

島を守ってくれた英雄として

語られていくんでしょうな(*^。^*)

 

島に降り立ってから

何も考えずに

最初に訪れたこの場所…

 

何だか

呼ばれた感があるな…

 

 

☆☆ 海亀好きの航路より ☆☆